衝突する二つの世界
日本の建設事業がどのようにマレーシア最後の熱帯雨林を破壊しているか
日本は2020年東京オリンピックまでにそのやり方を変えるだろうか
東京を象徴する高層ビル群の景色から、マレーシアの鬱蒼とした熱帯雨林を思い浮かべる人はほとんどいないだろう。しかし、東京のビル群は文字通りマレーシアの森を切り開いた上に建てられている。東京の主な建設現場には、世界でもっとも危機的状況にある熱帯雨林の「残骸」が散在している。
2020年のオリンピック開催に向けて、新たに建設される8つの競技施設を含め、東京では建設ラッシュが続くと見られている。東京オリンピックを持続可能なオリンピック大会のモデルにすると日本は公約した。しかし、建設産業の慣行を見るとその実現可能性に疑問を抱かざるを得ない。
日本は世界最大の熱帯材合板の輸入国である。合板は一大産業であるビル・住宅建設産業を支えているが、その半分はボルネオ島に位置するマレーシア・サラワク州の熱帯雨林から来る。サラワクは世界で最も森林減少率の高い地域であり、伐採を進める木材産業には腐敗や違法操業がはびこっている。
熱帯雨林が減少する中で、違法かつきわめて破壊的な伐採に関わっていることが裏付けられているサラワクの大手伐採会社から日本の建設業界がどのように木材を調達しているのか、そして先祖伝来の森の伐採を阻止するため、長きにわたってときに激しい反対闘争の最前線に立ってきた先住民コミュニティがどのような苦境にあるのか、数年の調査結果をもとに報告する。
失われつつある文化
トーマス・ペルータンが首長を務めるロング・セピガン村は、サラワク州の内陸の山間部を流れるセルンゴ川の支流沿いに位置する。
その村は、高床式で建てられた木造のロングハウス(長屋)で成り立っている。トーマス宅の広いバルコニーの下には、鬱蒼とした熱帯雨林の渓谷が広がり、その森の稜線を夕陽が照らしている。
この平穏な風景の下には、賑やかな音の饗宴が繰り広げられている。テイオウゼミのバイオリンのような音色、サイチョウのカラカラという鳴き声、テナガザルの眠気を誘うようなホーホーという声が、木々のざわめきや鳥のさえずりの上に響き渡る。
トーマスはこの森で生まれ育ち、この森は彼らプナン人の先祖伝来の土地であると考えている。伝統的に移動生活を営み、狩猟採集によって生計を立てていたプナン人だが、現在ではすべてのコミュニティがロング・セピガン村のような小さな村に定住している。それでも日々の生活に必要なものを得るために森の恵みをよりどころとしている。
葉は吹き矢筒作りや船作りで木にやすりをかけるために、家の屋根を編むために、病気を治す膏肓を作るために使われる。植物由来の糊は鳥のわなに使われ、有毒の樹液は吹き矢の先端に塗る。
プナン族の森には記憶と文化的な意味合いが満ち溢れている。長い年月を経た木々には先人が樹液を採取した痕が残り、その中には一世紀前のものもある。森のすべてが人間と同じように生命を持つと考えられ、神聖なものとして扱われる。小川や洞窟や急流にも神聖な意味がある。
こうした伝統と文化を持つコミュニティが、彼らの森を切り開く無骨な泥道網によって取り囲まれ、伐採用重機はいまにも侵入しようと待ち構えている。彼らの土地は飽くことを知らないサラワクの木材産業にとって、最後のフロンティアなのだ。
2012年6月
サラワク州の面積は日本の本州の半分強でしかないが、サラワク州が世界の熱帯木材貿易に占める割合は不釣り合いなほどに大きい。サラワク州から毎年輸出される熱帯木材は、アフリカ全体を合わせた輸出量よりも大きいのである。
サラワク州政府は長らく、同州の伐採産業は持続可能であると主張し、森林政策への批判をかわそうとしてきた。しかし、人工衛星の鋭い目はごまかせない。
マレーシア領ボルネオ島の熱帯林消滅は世界で最も早い。かつてどこまでも続いていた手つかずの熱帯雨林の緑の林冠は、いまでは縮小を続けてまだらな島のようになり、雑草地や農業プランテーションに急速にとって代わられている。
過去30年の間にサラワク州の熱帯雨林に刻まれた伐採道路網の長さは、地球2周分に相当する。
破壊のビジネス
この惨状を目にすれば、サラワクの伐採産業は制御ができていない状態にあると思うかもしれない。しかし、実は周到に練られた計画の下に動いている。伐採会社には州の政界トップという非公式な後ろ盾がついているのだ。
2014年2月にサラワク州主席大臣を辞任するまで、アブドゥル・タイブ・マフムドは伐採および土地開発のライセンスの発行を30年間支配してきた。その間、タイブとその一族のメンバー及びその他取り巻きは、莫大な利益を得て私腹を肥やしたと思われている。裏取引と賄賂とリベートの文化が木材・土地セクター全体に広がっていた。
タイブの後任であるタン・スリ・アデナン・サテム主席大臣は、つい先日森林セクターの腐敗と違法状態の深刻さを認め、その対策に乗り出すと約束して多くの人を驚かせた。
このことは現状改善への期待もできるが、いままで目にすることのできなかった伐採施業を示す最近の衛星写真をみると、破壊のすさまじさが分かる。
サムリン社とシンヤン社はマレーシア最大手の伐採会社であり、世界各地で操業している。ともに日本にとって主要な合板サプライヤーである。両社が伐採権をもつ区画のうち最大のものは、マレーシア、インドネシア、ブルネイの国境にまたがる森林保全地域「ハート・オブ・ボルネオ」に位置している。サラワクに残る手つかずの熱帯雨林の一部がここにある。
シンヤン社は「ハート・オブ・ボルネオ」のサラワク州政府が国立公園の候補としている地域で、一日にサッカー場40個分以上の原生林を破壊している。
近くでは、プナン人が自分たちのものだと主張する土地の森林でサムリン社が破壊的な伐採を急速に拡大させている。最近では既存の国立公園内でも操業しているようである。
高解像度衛星画像で両社の伐採活動を詳しく調べると、特に過去の様々なレポートで記録された違法行為を考えれば、両社がサラワク州の森林関係法を遵守しているのかどうか疑問である。
この疑念についてのグローバル・ウィットネスの問い合わせに対し、どちらの社からも回答が寄せられていない。サムリン社は過去に違法伐採の主張を否定している。
2012年12月
2014年6月
森を守る人々
1990年代以降、地元住民であるプナン人の許可を得ることなく、彼らの土地にキャタピラー型トラクターが侵入している。
プナン人は熱帯雨林の最も古くからのの住民かもしれないが、伐採に反対してきたため伐採産業やその後ろ盾である政府にとっては目の上のたんこぶのように扱われてきた。
サラワク州政府はマレーシア憲法と州法に定められるプナン人の伝統的土地慣習権を認めることを拒否してきた。それどころか、タイブ前首席大臣は広大な熱帯雨林の伐採権を、遠方の都市に本社を構える会社に与えてきたのである。
トーマスと彼のコミュニティおよび周辺の他のプナン人コミュニティは、サムリン社が彼らの森に侵入するのに反対してきた。彼らの抗議に対する政府の反応は、良くて無視、最悪の場合は暴力的な取り締まりと逮捕だった。
1998年、ロング・セピガン村とサラワクの他の3つのプナン人コミュニティの代表が、サムリン社とサラワク州政府を相手取って裁判を起こした。プナン人が自分たちの土地だと主張する55,000ヘクタールの森林に、サラワク州政府が伐採許可を出したためだ。
この裁判闘争を率い、プナン人の領土での伐採事業について公に批判していたロング・ケロン村のケレサウ・ナアーン首長が、2007年、いつものように彼のわなを調べに出かけた際、行方不明となった。
二か月後、ケレサウ首長は遺体となって発見された。彼は伐採に反対したため、殺されたのだと村人は主張している。政府がこの事件を調査することは一切なかった。
土地権を争う提訴から16年、ケレサウ首長の家族と4つのコミュニティは、いまも訴訟の結論を待っている。近隣のプナン人も、先祖伝来の土地を伐採業者の侵入から守るため裁判に訴え出た。
2012年に、18のプナン人コミュニティのリーダーは、共同で、彼らの森の保全と大規模な伐採事業とはことなる経済社会開発を推進するよう、16万3千ヘクタールのプナン人平和公園の設立を提案した。
サラワク各地で、政府や企業が先祖伝来の土地に侵入したとして先住民族が裁判に訴えるケースが100件以上にのぼっている。たいていの場合、裁判が進行中も木材生産や伐採は続く。つまり先住民族が裁判で勝ったとしても、森を救うにはすでに時遅し、となる場合が多い。
日本と行なわれる盛んな貿易
プナン人の苦しみは、日本の木材消費と密接に関係している。
ボルネオの雄大なジャングルから切り出されたサラワクの木の多くは、日本の建設現場でたいていは合板となり、2、3度使用したら廃棄される使い捨てのコンクリート型枠として一生を終える。こうした型枠は日本のあり余る森から生産された木材など、より持続可能性の高い材料を使って作ることもできる。多くが前世紀に植えられた日本の森林は、東南アジアやその他地域からの安い木材の流入によって国内林業が利益を得られなくなり、放置されている。
日本はサラワクから年間約1億枚の合板を輸入している。一列に並べると長さは1,800km、東京から北京の距離に相当する。世界でもっとも貴重な熱帯木材の行列である。
この木材貿易で鍵を握るのが有名な日本企業である。主要な輸入業者には双日、伊藤忠、住友林業、住商三井建材、丸紅建材、トーヨーマテリア、ジャパン建材などの企業とその子会社が含まれる。伊藤忠は、サラワク州のサプライヤーの業務のアセスメントをする努力を始めているとグローバル·ウィットネスに述べている。住友林業と双日はまた、グローバル·ウィットネスが提起した問題を調査していると説明している。
グローバル・ウィットネスの調査チームは、東京各地の主な建設現場を訪れ、シンヤン社またはその子会社が生産した合板が共通して使われていることを確認した。
これらの建設事業の全体を監督するのは清水建設、鹿島建設、大成建設といった大手建設会社だが、通常、現場でさまざまな建設プロセスに携わるのは下請企業である。コンクリート型枠工事を請け負う企業の中で、熱帯産合板に代わる型枠材料にシフトする動きは鈍い。
数社は木材調達の見直しを行い、熱帯材に対する持続可能な代替材を探すのに少しづつ前進していると述べている。大成建設は、代替材の使用を増やす努力の一環として、コンクリート型枠に使用する熱帯合板の量を公的に報告している。鹿島建設は熱帯合板の調達の変更の努力をし、また、代替材の使用を研究していると発言した。清水建設はサラワクでの違法伐採問題を調達部門と傘下企業に問題提起し、このレポートで指摘された東上野の建設現場での熱帯合板の使用の状況を調査中だと述べた。
しかし、グローバル・ウィトネスが調査したこのような建設現場で、持続可能性が極めて低く、違法操業の可能性もある伐採に携わるシンヤン社の木材が広範囲にわたって使われていることは、大きな問題を示している。
日本の木材輸入会社と建設産業は、自分たちが使う木材が持続可能な方法で、合法的に、人権を侵害することなく生産されていることを確認するシステムを構築すべきである。また、日本政府は、アメリカ、欧州連合、オーストラリアと横並びで、違法木材の取引を禁止すべきである。
これら業界がこれまで通りの事業を続けた場合、ときに違法伐採や土地をめぐる先住民コミュニティとの紛争を引き起こしているきわめて破壊的な伐採施業によってサラワクで生産された木材が、オリンピックの代表的な施設の建設事業で使われるリスクがある。
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会は、建築会社をまだ選定していないが、持続可能なオリンピック大会を開催することを決意しており、その持続可能なスタンダードに適合する厳密な基準を含めた方針を策定するとグローバルウィットネスに述べている。
2020年東京オリンピックは、日本政府がリーダーシップを発揮し、国の内外にプラスとなるような、新しい、持続可能性を高める方向に日本の建設産業を導くチャンスである。
サラワク州の熱帯雨林に残された時間はわずかである。
ヘンリー・ニーリング氏
ロング・ケロン村
2014年4月